蓮の花は仏教において何故意味ある花なのか

仏教においてはよく蓮の花が抽象的に使われています。

お釈迦様の仏像とか見てみると蓮の上に立っている

何で蓮の上に立っているのかな?

蓮ってレンコンの事?

蓮は英語でロータス?何処かで聞いた名前・・

蓮は実に不思議な植物ですよね。仏教と言えば蓮の花を思い出すようにあらゆる所で蓮の花をモチーフにしたものを目にします。

蓮の花は仏教において何故意味ある花なのか

の記事をご覧いただきありがとうございます。セイクredです。

この記事では

蓮とは

お釈迦様の台座には何故蓮?

蓮は英語でLotus

以上の内容となっております。

仏教の世界観とモータースポーツとの意外な接点について書いていますので是非読んでいただきたいと思います。

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蓮とは

Lotus

ハスはインド原産の多年性水生植物であり夏の季語になっているように夏の池では見事な美しさのハスの花を見ることが出来ます。

花托の形状がハチの巣に似ていたことから古来は「ハチス」と呼ばれていましたが、それが「ハス」と呼ばれるようになりました。

ハスは花も見事な形状ですが只の観賞用の花ではなく、花や芽はお茶とされたり、その種や茎は食用として利用されています。もちろん一番なじみのある茎のレンコンは日本の食卓にはなくてはならない食材です。

蓮華との違い

どちらも抽水植物であり水の中の土や泥の中に根を張り水上に可憐な花を咲かせるので、違いがよくわからない方も多いようですが、見分け方としては、葉に切れ込みがあるのが睡蓮、切れ込みが無いのが蓮です。

お釈迦様の台座には何故蓮?

蓮の上の仏像
仏教においてハスは知性や慈悲の象徴とされ、死後の極楽浄土に咲く花とされています。

蓮は泥水が濃ければ濃いほど、蓮の花は大輪の花を咲かせます。 
真水のような綺麗な水では小さな花しか咲かない。

この事を人生に置き換えてみると物事の本質がよくわかるのです。

人生は辛いことばかり

人生生きてきた中で皆さんそれぞれ色々な事があったはずです。

恋愛や結婚や愛すべき子供が生まれたり楽しかったり嬉しかった事も沢山あったかと思いますが、人生においては辛く悲しい事や大変だったことの方が多かったと感じるのではないでしょうか?年齢を重ねると更にその様に思うものです。

楽しさと辛さの割合は大体1対9とか2対8と答える方が多いようですし、私もそう思っています。

辛いことばかりの人生において少しの楽しい事があるからこそその楽しさが何倍にも感じるものですし、人は成長できるのです。そしてその成長こそが悟りを得る事なのです。

これは泥の中の蓮と同じです。真っ暗やみの人生という名の泥の中で必死にもがき苦しみやがては水上に可憐な花を咲かせるのです。

これこそが成長であり悟りであり可憐な大輪の花を咲かせるのです。

きっと誰もがそうです、勉強頑張って一流大学に行く、出世して家族に楽させてあげたい、今はだめだけど必ず芸人として売れてやる、将来必ずプロ野球で活躍したいなど、皆夢を叶える為に必死に頑張っているのです。

それが真水のように綺麗な水では敷かれたレールの上を押し車に乗せられているようなものなので、自分自身成長できず小さな花しか咲かせる事が出来ないのです。

仏教全般に蓮が使われる意味

人として生まれたからには心に大きな花を咲かせよ。

と言うことなのだと思います。

大きな花を咲かせる事は悟りを得ることであり、悟りを得ればどのような苦難が起こってもそれは自分を成長させるのに必要な事なのだと悟り、その困難すら幸せに思えてくるのです。

いわゆる人生の成功者と呼ばれている方々はこれら困難に真っ向から立ち向かい逃げずに突き進んだからこそ成功出来たのです。

人は誰しも苦難や困難を避けたいと思うものです。できれば他の人に替わってもらいたいと思うでしょう。

しかしそれらを受け入れ、悟るために必要なものと考えられる人は心豊かな人になり、実りある人生を送る事が出来るのです。

この様な考え方は仏教的に物事を説明するには蓮を例にとるとわかり易い例えであり仏の世界感そのものであるから仏教の象徴として多く使われているのです。

蓮は英語でLotus

蓮は英語でなんというかご存知でしょうか?

蓮はLotus (ロータス)といいます。

モータースポーツファンなら誰しも聞いたことがある名前のはずです。

モータースポーツ最高峰のF1(フォーミュラーワン)には名門と呼ばれるチームが色々あります。F1創設期から唯一現在まで参戦し続けているフェラーリ、60年代から参戦しているマクラーレン、そして58年から参戦していた名門がロータスなのです。


ロータスのエンブレムはもちろん蓮を象ったものとなっています。

このロータスには設立期から数々の名ドライバーがおり、ジムクラーク、グラハムヒル、エマーソン・フィッティパルディ、マリオ・アンドレッティ、音速の貴公子アイルトン・セナ、そして1987年中島悟氏が日本人初のレギュラードライバーになったこのころから日本でも大いにF1人気が盛り上がりました。

しかし中島悟氏が加入の頃には名門ロータスはマシンの信頼性と資金難が重なり衰退期にあり、1994年にはとうとう資金難から名門チームロータスはF1を撤退する事になってしまったのです。

そして皮肉な事に名門ロータス最後のドライバーが本当に蓮の花(ロータス)の様な人生を送っていたのです。

不屈のアスリート

その名前はアレッサンドロ・ザナルディと言い、アメリカに渡ってからはアレックス・ザナルディと呼ばれていました。

資金難にあえぎ戦闘力の低いマシンの限界を何とか引き出して上位に食い込みたいザナルディはアグレッシブルに走りますが、いかんせん戦闘力の低いマシンは言う事を聞いてくれずよくレース中エンジンから火を噴いており、「壊し屋」と呼ばれもしました。

F1通算出走41回で獲得したポイントはわずか1ポイント。この成績ではF1においては役立たずの烙印をおされたようなものでした。

失意のままF1から離れ1996年から活躍の場をアメリカのCARTシリーズに移すと、その才能を大きく開花させ1997年、1998年と二年連続チャンピオンとなったのです。

ドロドロとしたF1での苦難があったからこそ新天地で見事に才能を開花させることが出来たのです。ロータス(蓮)を絵にかいたような話です。

しかしザナルディの苦難はまだ続きます。

二度のCARTシリーズチャンピオンの肩書きを引っ提げてF1に再チャレンジするも、思った通りにはいかず再び失意のまま1年でまたCARTに戻りますが、ここで衝撃的な大事故をおこす事になってしまったのです。

レース中ピットロード出口でマシンがスピンしコース上で後続車が時速320キロでザナルディのマシンに突っ込みマシンは激しく損傷、ザナルディは何とか命は取り留めたのですがドライバーの命でもある両足を膝上から失う事になってしまったのです。

誰もが、もう二度と表舞台には復帰出来ないと思いました。

しかし再び失意の底ともいえるドロの中に突き落とされたザナルディはここでも下を向かず上しか見ていなかったのです。必死のリハビリを続け、事故から4年足らずで世界ツーリングカー選手権にハンドドライブ仕様の車で何と4勝し、その後活躍の場をハンドサイクルに移しアスリートとしてパラリンピックのロンドンオリンピックで金、銀メダルを獲得。4年後のリオデジャネイロパラリンピックでも金メダルを獲得しているのです。

進歩し続けない限りは、 後退していることになるのです。

ナイチンゲールの名言であるが実に考えさせられる言葉だと思いませんか?

真っ暗闇のドロの中で、もがき苦しみ、苦しめば苦しむ程やがては大きな大輪の花を咲かせることが出来るのです。

ザナルディの様にはいかないかもしれませんが、我々だってきっと出来るはずです。

上を向いて歩み続けましょう。

以上がこの記事で伝えたかった事となります。

最後までご覧いただきありがとうございました。

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